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ピアノアーティストとIT企業役員の二刀流!12歳で作曲の大舞台経験もITの道へ「ライブに挑戦してみないか?」の誘いで...木村仁星のターニングポイント(ATV青森テレビ)

ピアノアーティストとIT企業役員の二刀流!12歳で作曲の大舞台経験もITの道へ「ライブに挑戦してみないか?」の誘いで...木村仁星のターニングポイント(ATV青森テレビ)

県外で活躍する青森県民を紹介する【Turning Point】。人生の転機となったそのとき、どのような思いや決意があったのか。第183回のストーリーは、青森市出身のアーティスト・木村仁星さん。 木村

県外で活躍する青森県民を紹介する【Turning Point】。人生の転機となったそのとき、どのような思いや決意があったのか。第183回のストーリーは、青森市出身のアーティスト・木村仁星さん。 【写真をみる】木村仁星さんの成長アルバム 木村さんは現在、IT企業の役員として働きながら、ピアノアーティストとしても活躍中だ。 音楽好きの両親のもとで育った木村さん。兄の影響で4歳でピアノを始めた。 ■自宅で流れていたのはクラシックやジャズの音楽一家 ※木村仁星さん 「音楽がずっと絶えない家庭で、家にいるときはずっとクラシックやジャズなどの音楽が流れている家庭でした。兄がずっとピアノをやっていたので、兄を追いかける形で気づいたら僕もピアノの前に座ってピアノを触っているような子どもでした」 音楽教室でピアノや作曲を学んでいた小学生の頃、12歳でアーティストとして大きな舞台に立つ。 ■12歳の大舞台「アーティストとしての始まり」のはずが... ※木村仁星さん 「JOC(ジュニアオリジナルコンサート)という作曲のコンクールがありまして、『異邦人とサーファーボーイ』という曲を作って、ありがたいことに全国に行く機会をいただいて、渋谷にあるオーチャードホールで演奏をさせていただきました。プロのバイオリニスト、ドラマーとご一緒させていただいて、『これが僕のアーティストとしての始まりなんだな』と、いま振り返ると思います」 しかし、その後の学生時代はピアノよりもパソコンにハマり、プログラミングを学ぶために神奈川県の大学に進学した。就職先もITのベンチャー企業だった。 ※木村仁星さん 「最初にウェブエンジニアをしていたのは5年ぐらいですかね。その後は、いまAIで有名な東京大学の研究室でAI系のコンサルティングを始めて、あとは法人向けの共同研究部門の立ち上げをして...。そういった仕事をさらに5年ほどやっていました」 さらにキャリアを重ね、自分の会社も立ち上げた。そんな中、過去に何度か共演していたピアニストの兄からの誘いがきっかけで、本格的にアーティストとして活動を始める。

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